2025年6月17日火曜日

第18回そらまどアカデミア開催しました。「芸術には一致したものがある」

第18回そらまどアカデミア開催しました。

今回お話しいただいたのは、吹上町野首(のくび)の画家・佳月 優(かづき・ゆう)さんです。

佳月さんと知り合ったのは10年以上前ですが、芸術に真摯に向き合うその姿勢に感銘を受け、「いつかどこかでお話してほしい」と思い続けてきました。今回ようやく、そらまどアカデミアの場を使ってその思いを実現することができました。

佳月さんは、ご自身の人生を絡めつつ「人は、いったいどのような絵を美しいと感じるのだろうか?」ということについて語ってくれました。

佳月さんは、愛媛県今治市生まれ。お父様は造船の仕事をしていたそうです。小学生から剣道を始め、高校までは剣道漬けの生活を送ります。工業系の高校を卒業後、家族で鹿児島に引き上げてきて、電気工事の仕事に就きました。

ところが、絵に関する仕事がしたいという思いが次第に強くなっていきます。高校までは剣道ばっかりだったのに、絵に関する仕事がしたいとなっていったのが面白いです。生まれながらのものなんでしょうか…⁉ そして就職話を断って大谷画材に勤めます。大谷画材は、2024年に惜しまれつつ閉店した鹿児島の古い画材屋さんです。

佳月さんは、ここで「ルフラン(絵具)の、メーカーしか見られない資料を見ることができたり、画材の勉強ができた」そうです。そして大谷画材の2階でやっていたデッサン教室に通います。お父様が油絵を描いていたことから油絵を独学で始め、100号の作品を書いたところ県美展に入選。この作品、すでに高い完成度に達していました。そして次の年の県美展でも入選します。

ところが次の年は落選。スランプになります。そんな時にお母様が「ちゃんとした仕事に就きなさい」といって、今度は京セラの工場に勤めることになります。ここはとってもハードな仕事で、残業が月120時間あったとか。帰ってきて玄関で倒れこんじゃうような暮らしでしたが、その中でも100号の作品を描いて南日美展(南日本美術展)で入選したりもしていました。

が! 無理がたたって、佳月さんはくも膜下出血で倒れてしまいます。

くも膜下出血は、当時は助かる可能性が低かったそうですが一命をとりとめ、その中で思ったのが「絵が描きたい」ということ。そして1年後に京セラを辞め、鹿児島市内で絵画教室をオープンさせます。思い切った人生の選択ですよね。

当然、実績のない若者がやっている絵画教室では生徒さんは集まらなかったそうですが、ここが学生や画材屋時代の仲間のたまり場となります。この仲間でグループ展をしたり、お金を出し合って飲んだり食べたりしたりという、楽しい場所になります。「私は大学は行ってないですが、まるで大学時代みたいな感じでした」。

そんな仲間の一人に「ナガタ君」がいました。「彼は雑学王で、とにかく毎日美術のことを調べていたんです。そして彼と美術の巨匠たちの絵を分析していろいろ議論しました。ある時は私が不在だったんですが、わざわざ絵の分析を丁寧に書き残していったこともあります」

ナガタ君がゴーギャンの《ポン=タヴァンの水車小屋》について書き残したスケッチブック

当時の佳月さんの絵は、私から見ると十分魅力的ですが「上手に描いているつもりでも、上手に描くだけでは展覧会には入選しない」のだそうです。ナガタ君と佳月さんは、巨匠の絵の分析をする中で、画面に描かれるものが、じつに巧妙に配置されているということに気づいていきます。

そしてその配置の秘訣が、「黄金比」や「黄金分割(黄金比による分割)」でした。黄金比とは、1:1.618...のことで、最も調和がとれて美しい比率されています。ピラミッドやパルテノン神殿にも黄金比が使われていますが、この比は工学的に安定した形でもあります。

また、フィボナッチ数列という、1, 1, 2, 3, 5, 8, 13, 21, …という数列がありますが、これは隣り合う数の比が黄金比に近づいていくという数列で、この数列を矩形の分割に使うことで巻貝の断面のような螺旋が現れます(黄金螺旋)。絵画作品にはこの螺旋も多用されているそうです。

そして、1:√2、1:√3、1:√5のような比率も重要で、これらと1:1(つまり正方形)と1:1.618...(黄金矩形)の5つの矩形が絵画作品の中にはちりばめられているんだそうです。佳月さんは、画集に掲載されている絵に5つの矩形を表すたくさんの補助線を引き、一見何気なく描かれた雲や木々や山、服のシワのようなものが、その補助線の上にぴったり載ってくることを確かめていきました。

そんな中でも、黄金分割や螺旋が巧妙に多用されているのが、スーラの「グランド・ジャット島の日曜日の午後」だそうです。「ホントに黄金分割に基づいて画面構成をしていたのか? と思うかもしれないが、スーラは意図的にしていたらしい」。

ジョルジュ・スーラ『グランド・ジャット島の日曜日の午後』

佳月さんはナガタ君とこういう研究を1年半くらい行い、その研究に基づいて黄金分割を画面構成に使った絵を描きます。面白いことに、その絵を描く前に「(断面が黄金螺旋になっているという)オウムガイの怪獣が2匹飛んでる夢を見た」そうです。

そして、その絵が白日展(白日会展)で賞をもらいます! 佳月さんによれば、この展覧会は「どうして私なんかが賞をもらえたんだろうと思うくらい、すごい作品ばかり」。さらに佳月さんは、日展でも特選を2回も受賞します。どこの派閥にも属していないのに特選を取ったことは驚異的です。

「私にとって色彩は難しい。だから黄金分割にこだわった構成を一生懸命やった」。それが評価されて、美術界でも佳月さんのスタイルとして認知され、日展の審査員、そして会員まで務めることになりました(日展の会員というのは、日展に無審査で作品が展示される特別の立場)。

「日展の審査はすごかった。17人の審査員が、たった何秒か作品を見て入選か落選かを挙手で判断するんですが、それが17人全員一致している。みんな手を挙げるか、みんな手を挙げないか。これにはビックリした」ということです。つまり、絵の良しあしは、個人の好き嫌いとか感性の以前に、万人一致した部分があるということです。「ただ、上の賞になってくると、そりゃ人間社会だからいろいろあるので、一致というわけにはいかないですが…(笑)」

しかし佳月さんは、会員になった次の年に会員を辞めて展覧会から遠ざかります。日展の会員というのは芸術の世界での大きな権威なので、事務局からは「会員になってすぐやめる人は、これまで一人もいないですけどホントにいいんですか?」と言われたそうです。ですが、日展と白日展のために継続的に作品をつくっていると、どうしても同じような絵ばかりになり、そもそも「これを表現したい」という内的な衝動が枯渇してしまったのでした。

そうして、佳月さんは「いろんなストレスから解放されて、今は近所の風景などを描いています」とのこと。この10年くらいは、「死ぬまでに完成すればいいかな」と3枚組の5mくらいの巨大な絵を描いているということでした。スケールがでかい!

ただ、制作の方法論が変わったわけではなく、黄金分割を使った画面構成が基本になっています。でもそれはもはや計算というより、体に染みついたものになっているように思いました。そもそも黄金比(や√2や√3を使った比率)は自然界にもたくさん存在しています。有名なのはヒマワリの種の配列(正確にはフィボナッチ数列)ですが、葉っぱの縦横比や大きさの比などもそういう比率が見られます。それはもちろん、人が見て美しく感じるようになっているのではなく、逆に人が自然の美しい形に囲まれて生きてきたからこそ、そういう比率を美しく感じるようになったのでしょう。

広告デザインや企業のロゴにも黄金比は多用されています。特に「くまモン」は巧妙に計算されたデザインだそうです。みんなに受け入れられるものには理由がある、ということですね。

講演後には、会場から「画面構成より、作家が作品に込めた想いを受け取って感動するんだと思っていたが…?」という質問がありました。佳月さんは「作家の表現したいという気持ちが作品の核にあることは大前提」としつつも、「描きたいものを感性のままに描いても、それが見る人には伝わらないかもしれない。それを伝えるために、黄金分割などが必要になってくる」ということでした。

それに、「美術評論なんかを見ても、私の作品に対して私の考えとは全く違うことが書いてある(笑)。それも毎回。評論のプロでも、作家とは感じ方が違う」として、作家の想いを受け取るというより、「作品を見てそれぞれ違う感じ方をする、ということでいいのだと思う」と述べていました。

ところで、黄金分割の研究を共にやっていた「ナガタ君」はどうなったのか? というのが気になりますよね!?

「ナガタ君は、絵を見る目が確かでアドバイスなんかもすごく的確なんですけど、絵では成功しなかったです。それで小説家になって今南日本新聞でエッセイを書いています。皆さんご存知だと思いますが永田祥二さん。西日本の文学賞もたくさんとったすごい小説家なんですよ」とのこと。「ナガタ君」が南日本新聞の2面に毎日載ってる「鹿児島つれづれ小咄(こばなし)」の永田さんだったとはびっくりしました!

「いい絵とは何か? どういうものを人は美しいと感じるのか? 」

というと、「いろんな好みがある」とか「人それぞれ好きな絵は違う」と思っていましたが、「日展の審査員17人全員一致していたように、いい絵とは何か、素晴らしい芸術には一致したものがある。見る人が見たら、いい絵かそうじゃないか一瞬でわかってしまう。ある意味恐ろしい世界」なのだということです。その「一致したもの」の一つが黄金分割なんですね。なお、色彩にも同じような調和する比率があるそうです。

私は鋭敏な感性を持っていないので、「一致したもの」を感じる目はないです。それでも、美術の巨匠の作品と、ジョイフルに飾ってある作品は全然違うことはわかります(私はジョイフルに油絵が飾ってあるのが好きです)。でも具体的に何がどう違うのかは説明はできません。特に花の絵なんてほとんど似たようなものなのに。その違いは、もしかしたら黄金分割にあるのかもしれません。