当日11月12日は、いろんなところでイベントが開催される賑やかな日でした。近くでは、津貫蒸留所の「蒸留所祭り」、川辺の「磨崖仏まつり」などがありましたし、鹿児島市内でもイベントが目白押し。おそらくその影響で、今回は集客に苦労しました(それでも13名が参加しました)。
そんな中でも、講師の川田達也さんはフルスロットルで講演。始まる前は「時間持つかな…」と言ってましたが、結局、約30分延長して2時間の講演となりました。
今回の演題は「『三国名勝図会』という世界」です。川田さんは、ご自身のライフワークである古寺跡巡りの参考資料として『三国名勝図会』を手に入れ、今では「鹿児島で一番楽しんで『三国名勝図会』を読んでいる人」と言っても過言ではない方。
さて、『三国名勝図会(さんごくめいしょうずえ)』とは、江戸時代の後期に薩摩藩によって編纂された薩摩国・大隅国・日向国の地誌です。
これは各郷(今の市町村くらいの単位)で製作された『名勝誌』などを元にまとめられたもので、江戸時代には刊行はされておらず、島津久光が所蔵していたものが明治38年に刊行されて一般人の目に触れるようになりました。その序文によると、失われた「風土記」をもう一度作りたい、という思いが編纂者たちにあったそうです。
この『三国名勝図会』ですが、今回川田さんが紹介してくれた見所は、次の7つ。
1.絵図
2.さまざまな事柄の由来・由緒
3.失われた文化
4.編者たちの熱意
5.編者たちの考察
6.編者たちの怒り
7.トンデモばなし
当日はいろんな記事が参照されましたが、以下適宜ピックアップして内容をご紹介します。
1.絵図
『三国名勝図会』 は、絵図と文章で構成されており、当時の風景が写実的な大和絵で表現されています。特に、桜島は『三国名勝図会』の中でも一番多くの絵図に登場するそうです。やはり桜島は昔から鹿児島のシンボル!
そこでは、桜島が「天に挟み込まれている」とか「青漆の盤上に香炉をおいたようである」とか、地誌とは思えないくらい文学的な表現で賞翫されています。こういう文学的な表現も『三国名勝図会』の魅力の一つだということ。なお桜島の絵図には、噴煙が描かれているものが多いそうです。「江戸時代には桜島はあまり噴火してなかった」と言われますが、やっぱり江戸時代の人も灰には苦労してたのかも知れません。
2.さまざまな事柄の由来・由緒
『三国名勝図会』には、故事来歴がこれでもかと書かれています。例えば横川にある安良大明神社の項には、この地域では炭を焼かないとか、門を立てないとか、紺染めの着物を着ないといった不思議な風習が書かれています。これは古代の安良(やすら)姫の悲劇(貴人の着物を誤って川に流してしまい、門にくくりつけられて焼かれた)に基づくものだったとか。ところが、この風習(禁忌)は、『三国名勝図会』編纂の時点で失われつつあった模様。いつの時代も、風習や伝承を継承し続けていくって難しいですね。
3.失われた文化
『三国名勝図会』は、今では失われた文化を伝えてくれています。例えば鹿児島市の荒田八幡には、マムシがいないという伝説があり、マムシの御守り(蝮蛇の鎮符)があったそうです。これは本殿下の砂で、これをマムシに投げつけると痛がって退散するとのこと。そしてなんと、これはほぼ「失われた文化」ではありますが、このマムシの御守りの砂自体は、今でも社務所に言えば分けてくれるそうです! 川田さんは実際にこの砂を持ってきてくれました。
4.編者たちの熱意
3までは、江戸時代の地誌として当然の見所になりますが、ここからは川田さんなりの楽しみ方が入ってきます。まずは編者の熱意が溢れた項目。例えば「桜島大根」! 当時は「桜島萊菔」と書いたそうですが、『三国名勝図会』の編者はこれを激賞しています。しかも「有名な尾張大根なんかメじゃない!」という調子で、桜島大根を激賞するあまり有名な他地域のものを下げているのが面白い。 そんなに美味しいのに世に知られていないのは「薩摩が僻地であるせいだ」。言ってることが今と変わらないですね(笑)
「栄之尾温泉」(霧島温泉の中のひとつ)の項では、妙に隣の硫黄谷温泉を下げています。そして霧島温泉は霧島の霊秀(霊峰)から出ているのだから、有馬温泉とか道後温泉なんてのは相手にならないのだ! と、ここでも有名なものを下げています。それでも全国的に知られていないのは「薩摩が僻地であるせいだ」。うーん、自虐的ナショナリズム!
5.編者たちの考察
『三国名勝図会』には歴史や伝説が豊富に掲載されていますが、それらには筋の通らないものも多いわけです。例えば隈之城の百次(ももつぎ)村には「寶昌山善応寺」がありましたが、ここには開山(寺をつくった人)に3つの言い伝えがありました。どれが正しいのか? 『三国名勝図会』の編者は、いろいろと考察してもっともらしい説を提示します。「こういう説がある」だけで終わらず、それに対して考察を加えていくのが『三国名勝図会』流です。
ちなみに、川田さんが寶昌山善応寺跡に行ったら、『三国名勝図会』に書かれていた開山関係の墓石が残されていたそうです。しかし! 墓石に刻まれた文字が、その記載と微妙に異なっていました。「こういう脇の甘さも魅力」とのこと(笑) 『三国名勝図会』に記録されている石造物や遺物が実際に残されている場合、記事と実物を照合できることはとても楽しいそうです。
6.編者たちの怒り
時には、熱意や考察を飛び越えて、編者たちの怒りがほとばしることも! それが山川の「海雲山正龍寺」の項。ここでは、怒りの矛先が藤原惺窩(せいか)へ向かっています。藤原惺窩は戦国末期の儒者で、儒学を学ぶため明に渡ろうとして鬼海島に漂着。結局、明には渡れなかったのに、その後儒者として大成することになります。
それは、『三国名勝図会』の編者によれば、惺窩は鬼海島=硫黄島から山川港へ行き、正龍寺を訪れて桂庵禅師や南浦文之が訓点(漢文の返り点)をつけた四書朱註を写し取って盗作したからだ! そうです。そのころはまだちゃんとした訓点がなかったので、正龍寺で研究されていた儒学の研究、特に訓点は惺窩にとって画期的なものだったに違いありません。これで「わざわざ明に行かなくても済むじゃん!」と惺窩が思った可能性は高い。
この盗作について編者は相当怒っていたらしく、「このことはみんな知らないから事の始末を記録する」と述べ、9ページにわたって藤原惺窩が桂庵禅師などの儒学の成果を剽窃したことを延々と論証しています。ってどんな「地誌」だよ!
ちなみに桂庵禅師は藤原惺窩から約200年前の人。「本藩では200年も昔から訓点がつけられていたのに、それが広まらなかったのは本藩が僻地だからだ」と、ここでも僻地を強調しています。
ところで、(川田さんは言ってませんでしたが)戦国時代には薩摩人は自分たちが僻地にいるとはあまり思っていなかった節があります。薩摩は東南アジアや中国に近く、「玄関口」と思っていたような。それが近世幕藩権力の確立によって「江戸」という中心が明確になり、そこから「薩摩=僻地」観が出来ていったような気がします。どのあたりで「薩摩=僻地」観が確立したんでしょうかね。
7.トンデモばなし
『三国名勝図会』には、時々編者自身も「なんじゃそりゃ?」と思っていそうな荒唐無稽な話が記載されています。例えば、鹿児島市の山下小の隣あたりにかつてあった萩原天神社には、「天神池蛙闘」の伝説がありました。宝暦の頃(←編纂時よりそんなに昔ではないのがポイント)、萩原天神社にあった池と、南泉院(照国神社のところにあった寺)の池の蛙数千匹が、4日間、それぞれの池に遠征して死闘を繰り広げたそうです。
中国の史書にも似たような蛙の戦いが記録されているそうで、編者は「そういう類の話だろうか」と述べていますが、それにしても、とても事実とは思えないようなトンデモ話が、藩が製作する地誌に大まじめに述べられているとはすごいですよね(笑)。こういうトンデモエピソードが突然展開されるのも『三国名勝図会』の魅力だそうです。
なお、この蛙の闘いがあった萩原天神は、場所が移って天文館の「千石天神」として残っているそうですので、蛙の闘いを思い浮かべつつ参拝されてはいかがでしょうか。
このように、『三国名勝図会』の世界の面白さが縦横無尽に語られた2時間でした。薩摩国・大隅国・日向国の地誌……なんて枠組みに収まりきれないエネルギーがある本ですねー。『三国名勝図会』を学術的に読み込んでいる方は他にもいるかもしれませんが、こんなに面白おかしく読んでいる人は川田さん以外にはいないように思います。しかも、『三国名勝図会』を読むだけでなく、そこに記載された場所に実際に足を運び、遺物と照合しているのは川田さんならでは。
今回ご紹介いただいた内容を核に、ぜひ書籍にまとめてもらいたいですね!川田さん、ありがとうございました!
****お知らせ****
12月10日(日)、毎年恒例になりつつある、川田達也さんと南薩の田舎暮らし窪のトークイベント「鹿児島磨崖仏巡礼」を開催します。今年は鹿児島大学名誉教授の大木公彦先生を講師に招いて講演していただきます。ぜひお申し込み下さい。
鹿児島磨崖仏巡礼vol.6 —石材と磨崖仏—
大木公彦先生の「鹿児島の磨崖仏と石造物は火山の恵み?」の特別基調講演の後、磨崖仏についてのフリートーク。>>詳しくはこちら
日時 2023年12月10日(日)16:00〜18:00
会場 レトロフトMuseo (〒892-0821 鹿児島市名山町2-1 レトロフト千歳ビル2F)
要申込:定員20名
参加料:1000円
申込方法:↓こちらのフォームより申し込み下さい。定員に達し次第受付を終了します。
https://forms.gle/FxmVbQMqEjahFQy89
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