第22回そらまどアカデミア開催しました。
今回ご登壇いただいたのは、そらまどアカデミアは3回目の登場となる四元誠さんです。前回と前々回は戦前・戦中・戦後の絵本についての講演でしたが、今回のテーマは少女マンガ誌の「りぼん」です。SNSにアップされた四元さんの本棚の写真に、持っている人が少ない昔のりぼんコミックスがたくさん並んでいたので、「りぼん」をテーマに講演をお願いしたんです(でも後から聞いたら「マーガレット」の方がコレクションの中心だったとか(笑))。
四元さんが貴重な昔のりぼんコミックスを手に入れたのは、将来古本屋になるために古本屋でバイトしていた10代の時。ダブりの少女マンガが大量に廃棄されそうになっているのを見て「じゃあ僕が買います」といって手に入れたんだそう。もちろん当時は貴重なものではなかったのです。この時手に入れた70年代のマンガが四元さんのコレクションの核になります。それにしても、10代でもうコレクター気質が開花してますね。
少女マンガ誌「りぼん」は昨年2025年で創刊70周年でした。「りぼん」が生まれたのは1955年です。どんな状況で創刊されたのでしょうか。
戦後、ベビーブームが起こって1947~49年には年に250万人もの子供が生まれ、子供向けの商品の需要が高まります。そんな中で売れていた雑誌に「少女」(光文社)があります。これはマンガも掲載されてはいますがマンガ雑誌ではなく、挿絵つきの物語(絵物語)が中心です。ちなみに人気子役だった松島トモ子さんはこの「少女」の表紙を一人で10年間務めました。松島さんのパッチリした瞳が、後の少女マンガの目の表現に影響を与えているのではないか? というのが四元さんの考え。
53年にはテレビ放送が始まり、人々の気持ちがビジュアルなものに向かっていきました。一方、戦争中に休眠していた集英社は47年に復活し、51年に「少女ブック」という雑誌を創刊します。これもマンガ雑誌ではなく絵物語が中心で、対象は中学生くらいだったと思われます。そしてより低年齢を対象とした姉妹紙として創刊されたのが「りぼん」です(それにしても「少女ブック」から「りぼん」とはネーミングセンスが大きく飛躍しています)。
ただし創刊当時の「りぼん」もマンガ雑誌ではなく絵物語・写真物語がメインでした。マンガは、折りこみみたいな形式で雑誌本体と別に綴じ込まれていました。そんな創刊当初に連載されていたマンガに『ぼんこちゃん』があります。作者の上田トシ子さんは当時珍しい女流漫画家で、その波乱万丈の生涯は『フイチン再見』(村上もとか)で近年マンガ化されています。
60年代に入って、バレエマンガで大人気となったのが牧美也子さん。リカちゃん人形を監修したのもこの方で、あのビジュアルは牧美也子さんの絵柄! この方は松本零士さんの奥さんになります。なおバレエマンガを流行らせたのは「少女」でマンガを描いていた高橋真琴さん(男性)という方。この方は瞳にキラキラとした星を入れるという表現を完成させた人で、しかも3段ぶち抜きというコマ割りを開発したのもこの方だそうです。しかしマンガを描くのは5年くらいでやめてしまい、イラストレーターに転向しました。
マンガの本流はやはり少年マンガだったので、少年マンガ誌には作家がひしめいていて新人がなかなか描かせてもらえませんでした。逆に少女マンガでは人材が不足していました。なので、男性マンガ家が少女マンガで活躍していきます。そんなわけで「りぼん」から出て人気になったのが『ひみつのアッコちゃん』(赤塚不二夫)や『魔法使いサリー』(横山光輝)。石ノ森章太郎さんや松本零士さんも「りぼん」で描いていました。
この頃の「りぼん」は男性マンガ家、男性編集者が中心で作っており、マンガ自体も女の子が主人公なだけで少年マンガと同じようなものでした。その状態から、いろいろな工夫によって「少女マンガ」が形成されていきます。少年マンガが事件や勝負という出来事中心である一方で、少女マンガは会話が中心となります。そして会話中心だと画面に動きがないので、余白に花を散らすといった独特の空間表現が生まれていきます。
四元さんがこの時代の「突出して面白くて重要な作品」と評価するのが『ハニーハニーのすてきな冒険』(水野英子)。作者の水野さんはかのトキワ荘にいた方。手塚治虫さんの手法を少女向けに応用して作られ、しかも少年マンガとは違う内容を持つ作品で、アニメ化もされました。
60年代には、ベビーブームが終わり、少年少女雑誌が立て続けに廃刊になっていきます。マンガの質を上げて読者を確保しなければ生き残っていけないという危機感から「りぼん」がやったのが「新人マンガ賞」。第1回で賞を取ったのが、一条ゆかりさん、もりたじゅんさん、弓月光さん(男性)の3人です(大賞不在)。このうち、一条ゆかりさんは少女マンガをリードする存在となり、弓月光さんは後に青年マンガ誌でちょっとエッチなマンガを描くのでも有名になります。
四元さんが注目するのはもりたじゅんさん。この人は一時期だけあった「りぼん」の姉妹誌「りぼんコミック」で前衛的な攻めた作品を発表しました(“りぼんマスコットコミックス”(=単行本)とは別でマンガ雑誌です)。『うみどり』では近親相姦をテーマにし、『キャー!先生』では原爆症らしき主人公を登場させてハッピーエンドとは言い切れないラストを描きます。『ごくろうさん』では、働く女性(女性警察官)がテーマになっています。この頃、「りぼん」は読者層を意図的に引き上げようとしている(というより「りぼん」から”卒業”させない)ことも、こういう作品が生み出された背景にあるそうです。「りぼん」が攻めた作品発表の場になっていたとは面白いですね。ちなみにもりたじゅんさんは本宮ひろ志(『サラリーマン金太郎』)と結婚し、本宮さんのマンガの女性キャラはほぼもりたさんが下書きしているそうです。
このような流れでついに70年代を迎えます。70年代では、ちょっと大人びたマンガ、難しいマンガが「りぼん」から生まれます。例えば古代エジプトのアクエンアテンの宗教改革を描いた歴史マンガ『ナイルの鷹』(のがみけい)。すごい凝ったテーマです。美大を出ていて画力がものすごかったのが大矢ちきさん。大矢ちきさんは本格的な絵のマンガを描きました。一条ゆかりさんはその画力にほれ込んで大矢さんをアシスタントに雇い、『デザイナー』で主要キャラを描かせています。
「ちひろのお城」(『蕗子の春』所収)(千明初美)は、今でいうASD(自閉症スペクトラム症)を思わせる子が取り上げられ、「今見ても参考になるくらい、ASDの子の特徴が全てまとめられていて、周りがどう接するべきなのかもちゃんと書かれている!」。山岸涼子さんの本格的バレエマンガ『アラベスク』も第1部は「りぼん」連載です。
もちろん、こういう尖った作品ばかりでなく、小学生向けの作品も連載されているのですが、大人的すぎるマンガを掲載することでやや読者が離れていった様子もあるそうです。こうしたことの反動なのか、70年代後半には「乙女ちっく」と言われることになるマンガが一世を風靡します。
「乙女ちっく」の世界観を確立したのが陸奥A子さん(四元さん最大の推し!)。特に『たそがれ時に見つけたの』は40万部を超えるヒット作となり、その登場から7~8年で爆発的に「りぼん」の世界が作られていきます。四元さんによれば陸奥A子さんは「絵がヘタ!」。それまでの本格的な少女マンガの人たちと比べて明らかに線がフニャフニャしていてバランスが悪い。このバランスが崩れた(デフォルメされた)絵が「乙女ちっく」の世界観の一助となったのかも。また田渕由美子さん(『フランス窓便り』)も「乙女ちっく」の代表的な作家。
「乙女ちっく」とは、四元さんなりの説明では、「ちょっと内気でちょっとドジ、好きな人の前では恥じらってなかなか物語が進展しない、なんの才能もないがここぞという時には度胸がある普通の女の子が普通の男の子に恋する、ほほえましい恋を描いたラブコメ」の世界観。なんだか当たり前の少女マンガの説明みたいですが、「少女マンガといえば恋愛、と思っている人が多いんですけど、恋愛が描かれるようになったのが70年代」とのこと。つまりこの「乙女ちっく」の少女マンガが一世を風靡したことで、少女マンガといえばこういうものというイメージが作られたということになります。
陸奥A子さんは「普通の女の子の普通の恋」という、ドラマチックでない題材を真正面から描きます。その手法を一言でいうと、心の動きを絵ではなく文章で表現するということです。四元さん曰く「陸奥さんは絵に自信がなかったので文章中心の表現を模索したんでしょう」。そして「セリフでもない、ト書きでもないポエムみたいなのが話の途中でガーっと挿入されます」。心の動きが中心になったことでモノローグも多用。対話劇に「心の動き」が重層的に挿入されていきます。
こうした手法は読者に強く受け入れられ、70年代後半の「りぼん」は男子大学生までが読むものになります。東大には「東大リボニストの会」が早稲田大学にも「早稲田おとめちっく倶楽部」があったくらいだそうです。
このあおりを食らったのが一条ゆかりさん。一条ゆかりさんの『5(ファイブ)愛のルール』(大人の世界を描いた作品)が打ち切りになります。仕事をする大人の女性を描いた作品ですが、もはやそういう作品は「りぼん」に合わないものになっていました。しかし一条ゆかりさんはめげずにドタバタコメディの『こいきな奴ら』をすぐに連載開始します。ちなみに一条ゆかりさんはこの打ち切りに憤懣やるかたない思いを抱えていたようです。
なお、ポエム的モノローグの挿入は、少女マンガ以外でも応用されて大きな影響を与え、現代のマンガにも引き継がれています。最近のマンガでも羽海野チカさんの『3月のライオン』はモノローグが多用され、フキダシの言葉の背景に心の言葉が、その奥に微妙な心の動きが…と重層的な表現が見られます。ちなみに、四元さんによれば「こういうところがよくわからんと男の子には敬遠される」とのこと。確かにそうかもしれません。
ところで少女マンガというと、必ず語られるのが「花の24年組」です。昭和24年周辺生まれの、萩尾望都さん・山岸涼子さん・竹宮惠子さんなど一群のマンガ家のことで、SFやファンタジー、同性愛などの少女マンガとしては前衛的なテーマを取り上げ、文学的な表現を追求して長く残る作品を残しました。でも四元さんは「そういう作品は、70年代のりぼんでもあった」と言います。「花の24年組の人たちは、「少女コミック」(小学館)という媒体に恵まれたことが大きい。「少女コミック」は「りぼん」に比べて部数がずっと少なく、売れなきゃいけないという雰囲気でなかったので編集者がマンガ家に「何を描いてもいい」と自由にやらせた。評論家は大衆的な作品よりマイナーな作品を評価しがちなので24年組の作品が持て囃されるようになったが、むしろ大衆向けという制約の中で攻めた内容を描いた70年代「りぼん」作品はもっと高く評価されてしかるべき」とのことです。
そして、「りぼん」といえば付録についても触れないわけにはいきません。
「りぼん」には創刊号から付録がついています。特に本格的なものが出てくるのが70年代の陸奥A子さんが付録を手掛けた頃からで、ノートや便箋など実用的なものを中心にオリジナル文具・雑貨が付録となりました。特筆すべきは、それらのグッズはキャラものではなかったということです(陸奥さんのマンガがあしらわれたのではなく、グッズのためのイラストを陸奥さんは描いていた!)。今でいう「ファンシー・グッズ」です。付録の「ランチボックス」なんかすごい。当時の女の子で「ランチボックス」なる概念を知っていた人がどれだけいたか。付録ではないですがアイビールックの巻頭特集なんかも組まれています。オシャレでかっこいい文化を「りぼん」が教えてくれていた時代でした。そんな付録も「乙女ちっく」の世界観の確立に寄与しました。
ちなみに同じ頃の「なかよし」の付録は『キャンディ♡キャンディ』のキャラものばっかりだそうですが、80年代に入ると「りぼん」の付録もキャラものになっていきます。好景気でモノがあふれてくるので、付録が消費文化を先導する意味がなくなってきます。
80年代の「りぼん」は、70年代後半に確立した「りぼん」の作風を前面に出していくことになります。70年代にあったような小難しい、大人向け・前衛的な作品は鳴りを潜め、メジャー路線へと舵を切ります。
結果、名作がどんどん生まれます。そんな80年代を代表するのが『ときめきトゥナイト』(池野恋)。82年の6月に連載が開始され、10月にはもうアニメが始まっていますので、最初からアニメ化ありきで企画が進んでいた模様。柊あおいさんの『星の瞳のシルエット』も絶大に人気があった作品。「250万乙女のバイブル」と呼ばれました。この頃、「りぼん」の部数は255万部を記録し絶頂期を迎えました。矢沢あいさん、さくらももこさんのデビューもこの頃です(意外なことに二人はお互いに意識しあっていたとか)。四元さんは80年代の「りぼん」は「名作が多すぎて紹介しきれない」と言っていました。
ちなみに80年代には、主人公だけでなく個性あふれる脇役が活躍するようになります。「個性を大事に」とか言われるようになったのも80年代。一条ゆかりさんの『有閑倶楽部』は、主要キャラ6人が全員主役みたいなマンガです。それにしても一条ゆかりさんは第一線の活躍をずっと続けていてすごい。また80年代には、「自分を信じる」とか「周りの人を大事に」「明日を夢見る」などポジティブなメッセージが少女マンガにはっきりと表れます。
90年代・2000年代についても四元さんは語っていましたが、講演のサブタイトルが「少女マンガでたどる昭和サブカルチャー」なのでここでは割愛します。ただ、2000年代以降のマンガは「70年代の焼き直しが多いが、それはそれで面白い」とのこと。特に『夢色パティシエール』(松本夏実)、『絶叫学級』(いしかわえみ)、『ひよ恋』(雪丸もえ)、『ハニーレモンソーダ』(村田真優)、『さよならミニスカート』(牧野あおい)がおすすめだそうです。
「りぼん」は女の子がマンガを読む入口として機能し、小中学生向けという制約の中でその表現を模索し続けてきました。少年マンガが究極的には「敵に勝つ」をテーマとしているのなら、少女マンガでは「本当の自分に気づく」がテーマかもしれないと、「今回講演のために70年分りぼんの少女マンガを読み直して思った」そうです。少女マンガでは心の内面をどう描くかが非常に重要なポイントでした。
ところで、一世を風靡した「乙女ちっく」は結局どうなったのでしょうか⁉ 「乙女ちっくは、今でもまとめた本が出るくらい人気があるが、実は80年代半ばには早くも限界を迎えた。女性も活躍できる時代になってくると、女性から見ても煮え切らない「乙女ちっく」の姿勢がまどろっこしいと感じられるようになったのだと思う。しかし最近になって、陸奥A子さんがマンガ家として最後の作品として描いたのが、「乙女ちっく」がそのまま成長していったような女性のマンガ。実はその女性はシングルマザーで、自立した大人の女性になっている。つまり乙女ちっくは成長して大人になった」とのこと。
私は「りぼん」って小学校高学年くらいのわずかな時期にしか読まれないというイメージを持っていました。中学生になると「マーガレット」「花とゆめ」なんかに移行していくものだと。そういう人も多かったと思いますが、読者をなるだけ長く引き止めたいという出版社側の思惑もあって、読者とマンガがともに成長していくという長期的な関係もありました。
『ときめきトゥナイト』はなんと現在でも続編が描かれており、主人公の蘭世(ランゼ)ちゃんにはもう孫もいるそうです(!)。『星の瞳のシルエット』も、本編から20年後の『星屑セレナーデ 星の瞳のシルエット another story』が近年連載されました。少年マンガにはこういうパターンはあまりない。主人公が結婚し子供がいるのは『ドラゴンボール』、『NARUTO』などごくわずか。
少年マンガの主人公はずっと変わらずやんちゃ坊主。でも少女マンガの主人公は、読者と一緒に成長していくものなのかもしれません。
四元さんは、いろんなもののコレクターなので、これからもご講演いただきたいと思っています。次回はどんなコレクションが登場するのかお楽しみに! 四元さん、ありがとうございました。

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