2022年10月2日日曜日

「ブックトーク「儒学・国学・廃仏毀釈」小川景一×窪 壮一朗」を開催します!(10月9日(日)) 

10月9日(日)、ちょっと変わったイベントをします!

ブックトーク「儒学・国学・廃仏毀釈」小川景一×窪 壮一朗

長くなりますが、このイベントの企画趣旨など説明したいと思います。

発端は、もちろん拙著『明治維新と神代三陵—廃仏毀釈・薩摩藩・国家神道』の刊行です。販促の意味も兼ねて、記念のイベントをしたいと思っていました。しかしただ本の出版を祝ったり販売したりするだけでは自分が面白くない。

そこで、儒学や国学に造詣の深い小川景一さんと対談すれば、拙著でボンヤリとしていた「思想的な部分」が自分でも見えてくるかもしれない、そう思って企画したのがこれなんです。

具体的には、小川さんと対談しつつ、互いに本を紹介して「こういうこともある」「このことも重要」などと放談し、「思想的な部分」に肉薄したいと思っています。

では、その「思想的な部分」とは何かというと、ズバリ「儒学と国学がどう接続して、廃仏毀釈や国家神道にどう繋がっていったか」ということです。ここから以降はかなり専門的な話になりますので、ご関心のある方のみお読みください(笑)

****

さて、江戸時代の中頃から「国学」が勃興してきます。これは、日本古典に使われた言葉の意味を厳密に考証してその原意を明らかにし、古代日本のあり方に迫っていく学問です。特に国学を大成した本居宣長の主著『古事記伝』は、古事記の一言一句の凄まじいばかりの考証によって現代の古事記研究の基礎にもなりました。

その本居宣長は、古典研究にあたって中国風の概念「からごころ」を廃すことが重要だと考えました。というのは、日本の古典といっても実際には漢文(や変形した漢文)で書かれているので、古代人の語りそのままではなく、漢文(中国語)に翻訳された言葉を通じてそれに触れるということになるからです。なので宣長は、古典から「からごころ」を濾過して取り除き、古代日本人の生の声を再構成しました。

その結果宣長は、古代日本人には「からごころ」である儒教風の倫理秩序はなく、それどころかそういう人為的な規範がなくてもあるがままで国が治まっていたと考え、その点で日本は中国に優越していたと見なして儒学者と対立していきます。

これは宣長に始まったことではなく、その師・賀茂真淵から受け継いだ態度でもありました。儒学者・荻生徂徠の弟子・太宰春台の『弁道書』には、中国の聖人以前に「道」はない、と言う主張があり、これに真淵は反発します。真淵は著書『国意考』で、日本には日本の道「自然(おのずから)の道」があると主張。それどころか、戦乱が相次いだ中国よりも日本の方が神武天皇よりの皇統が連続しているから優れている、として儒教批判を繰り広げました。

さらに宣長も、『弁道書』への反論として『直毘霊(なおびのたま)』という本を書き、儒学の教えは欺瞞と虚飾に満ちたものであると否定しました。もちろんこういわれると儒学者としても黙ってはおれないので、「直毘論争」または「国儒論争」という論争が国学者と儒学者の間で巻き起こりました。

国学の方法論そのものには儒学と対立する要素はなく、むしろ国学は儒学の一派といってもよかったのに、こうして国学と儒学は仲違いしていきました。

ところが面白いことに、その主張内容は却って近接していきます。特に近接したのが水戸学です。水戸学は、水戸光圀の「大日本史」という日本史編纂プロジェクトを通じ、歴史観を中心とした思想を発達させた儒学の一派です。彼らは歴史の「正統」を考究する中で、皇統の連綿(=万世一系)や、その正統の証明である三種の神器など、神懸かりな領域に突入していきました。

藤田幽谷の弟子・会沢正志斎は、幕末に発表した『新論』の中で、国体論によって人心を統一して国防にあたろうという尊皇攘夷思想を喧伝します。そして具体的には、国家的な祭祀の体系を整備して人々に崇敬させることを構想しました。当然、そこではキリスト教はおろか仏教も胡神(外国の神)として不純物扱いされ、純粋な日本の「国体」のための神道が国家の中心におかれて祭政一致主義が打ち出されたのでした。これは後に述べる平田篤胤の「復古神道」とほとんど同じ主張だったのです。

「復古神道」について述べる前に、時間を遡って儒学のもう一つの一派について触れなければなりません。それが山崎闇斎の系統(闇斎学・崎門学)です。山崎闇斎は民間の儒者でしたが、とんでもなく厳しい指導によって宗教的なまでの儒学を作りあげ、やがて本当に宗教化して「垂加神道」という神道を創始しました。儒者が神道化していったこと自体が後の儒学の「神懸かり化」を予見しています。

闇斎がまだ神道化しないうちの弟子に浅見絅斎(けいさい)がいました。彼は朱子学の形式論を推し進め、現状の君臣関係を絶対化し、それを儒者らしく「道」だとします。そしてこれを突き詰めると徳川すら天皇の臣ということになり、将軍は「天子の御名代(代理人)」として統治しているに過ぎないと考えました。これは後に本居宣長が『玉くしげ』で主張する「大政委任論」とほぼ一致することになるのです。絅斎も宣長も、現状の秩序を肯定する立場でこのような主張をしたのですが、幕末になるとこれが倒幕の論理となっていくのはなんとも皮肉なことです。

さらに浅見絅斎は、『靖献遺言(せいけんいげん)』という本を書いて「殉忠の思想」を喧伝します。これは中国の「殉教者列伝」というような本ですが、命を犠牲にして忠義を貫いた人間を称揚することによって、幕末には尊皇のバイブルのような存在へとなっていきます。

国学の方に話を戻すと、本居宣長を師と仰いだ平田篤胤は、宣長が恬淡としていたその宗教観の方をどんどん発展させていきます。篤胤は死後の世界に強い興味を抱いていました。最初の妻が死んだ年に書いた『霊能真柱(たまのみはしら)』で死後の世界を語り、その後も厖大に叙述します。さらに神話を再編集し、国学を宗教化していきます。宣長の頃の国学はまことに地味な学問で、宣長をついだ本居家の学者たちも歌学を講じていた保守主義者だったのですが、篤胤は国学に強烈な宗教性を注入して、「日本古代にそうであったに違いない神道」=「復古神道」を興すことを目指していきます。当然のことながら、そこでは仏教は外来のものとして排斥され、日本古来の神を敬うことこそが重要だとしています。

ちなみに先ほどの太宰春台の『弁道書』でも、民間で祀られているものは禁じ、仏教や修験などの世話にはならない方がよいといった記載が見られます。春台は儒者らしく「天子」が統べるべきという考えから、雑多な宗教ではなく「天子」を中心とした祭祀へと人々の宗教を一本化した方がよいと主張していました。

このような思潮がぐるぐると渦巻いていたのが幕末という時代です。儒学と国学は、学者の間では対立していたのですが、それが幕末の志士たちにどう受け取られていたかというと話が別です。例えば薩摩の島津久光は『靖献遺言』を愛読書としたといいますが、平田篤胤の『古史伝』も読んでいます。西郷隆盛は陽明学(儒学の一派)を学んでいましたが、安政期には気吹舎(いぶきのや=平田篤胤の塾)をたびたび訪れ、同行者を入門させていました。これは薩摩藩だけのことではなく、多くの志士たちが国学と儒学の双方に影響を受けていました。

それは、その結論において儒学と国学がほとんど一致していたからです。日本の正統な統治者は将軍ではなく天皇であるという考え。仏教を外来のものと見なし、日本古来の神への国家的祭祀を行うべきとする祭政教一致思想。そして中国ではなく日本こそが世界の中心(中華)であるとする国粋主義、といった点においてです。

しかしそういった共通部分が、当の儒学者、国学者たちにどの程度親近感を抱かせたのかというと、どうもそこがよくわかりません。多くの共通点がある分、かえって細かい違いが対立を深める形になったような気がします。このあたりは私自身詳しくないのですが…。

そして明治維新を迎えると、まず政府が宗教政策を任せたのが国学者たちでした。特に津和野藩(長州藩の隣藩で政治力があった)の国学者と、平田系の国学者が重用されます。彼らはほとんど同じ思想を持っていたのですが細かい点で食い違い、何をするにも話がまとまらないので、明治4年に平田系の国学者が排除されます。

そしてこうした動きの背後で、宗教政策において儒学者が幅をきかせるようになってきます。特に長州藩出身の小野述信(のぶざね)は、国民教導政策において「小野神学」と呼ばれるような宗教的儒学思想による行政を進めました(述信は、系統的には儒学者ですが国学者と呼ばれることもあります)。

そして不思議なことに、あれほど「からごころ」を否定していた国学者たちは、いつのまにか儒学風の封建道徳を喧伝するようになりました。明倫、忠孝、君臣・父子・夫婦・兄弟・朋友の彝倫(いりん)といったものです。これは、平田篤胤が復古神道の構想にあたってその倫理観に儒教道徳を据えたためと言われていますが、私はその点は原典で確認していません。仮にそうだとしたら、誇大妄想なまでに日本ナショナリズムを推し進めた篤胤が、なぜ道徳観を儒学から借りなければならなかったのか不思議です。

それはともかく、幕末から明治にかけて、儒学と国学が互いに思想的に近接していったということは間違いないことだと思います。そして儒学と国学の力が合わさることによって、廃仏毀釈が起こされ、また国家神道に繋がっていくと考えられます。明治23年の「教育勅語」は、後に国家神道の聖典のような存在になっていきますが、そこにはかつての国学の面影はもはやなく、忠孝、義勇、徳、修学といった儒教道徳で貫かれています。でもそれが完全に儒学的であるかというとそうでもなく、四書五経などの中国古典から切り離された宗教的な(教育勅語は各学校で奉安殿に安置された)ものであるのが特徴です。

儒学と国学が協力して国家神道を生んだというよりは、そのどちらもが変容することで時代を支配する思想が生まれていったようなのです。

というのは、——ここからは私の妄想も入って来ますが——儒学も国学も、どうも「宗教」を目指していたような感じがするんです。

儒学は元々「儒教」からその宗教性を排除して学問化したものです。では排除した宗教性は何かというと「礼楽」、つまり天地祖先を祀る儀式(礼)と音楽(楽)です。だから、儒学には宗教に必要な道徳や至高の存在(天)といったものはありますが、(儒には元来あった)祭祀の方法・儀式がなく、祀るべき対象(天)が抽象的でした。

一方、国学は古代の神々の世界を蘇生させましたが、宗教ならば備えていて当然の、道徳や人間としての規範は全くありませんでした。元々、本居宣長がそうしたものを人為的なものだと退けていたからです。

つまり儒学と国学は、どちらも単独で「宗教」となるには欠けたピースがあったわけです。それが、明治政府の宗教政策の結果、互いに足りないところを補い合うことになります。確かに、政府内では国学者と漢学者は対立し、例えば皇学所・漢学所というそれぞれの学校では互いに誹謗中傷を繰り返しました。しかし宗教政策全体を通じて見れば、それぞれの強みを採り、弱みを補うような取捨選択がされていった結果、儒学の道徳性と国学の神学性が政策的にハイブリッドされることによって、後に「国家神道」と呼ばれることになる国家宗教が生まれていったと考えられます。

と、言葉にするのは簡単ですが、思想の淵源を考えてみると、儒学と国学は水と油。簡単にはハイブリッドできないわけです。どこがどう接続し、誰によって思想が変容していったのか、具体的に述べよと言われると、特に儒学の知識が私に足りないこともあって、なかなか言語化できません。

というわけで、当日どこまでこうした内容に迫れるかはわかりませんが、小川さんの該博な知識を引き出して、自分なりにそのヒントを摑めたらと思っております。まだ若干定員の空きがあるので、こうした話にご関心のある方はどうぞご来場下さい。

↓お申し込みはこちらから(10月2日時点で残り7名)
https://forms.gle/zaoz8aAJXEgLRa3W9

2022年9月27日火曜日

第3回そらまどアカデミア開催しました! 絵本が語る社会の変化。

9月25日(日)、第3回そらまどアカデミア「絵本が映す世相と価値観—昭和・平成・令和をたどりながら—」 を開催いたしました!

当初の予定では9月18日(日)の開催でしたが、台風14号襲来のため急遽1週間延期しました。そのために来られなくなった方もいましたが、ほとんどの方は参加できほぼ定員が埋まりました。よかったです。

そして講師の四元 誠さんは、スライドは使わず大量の絵本を持ち込み、1冊ずつ手に取りながら時代と絵本の移り変わりについて熱っぽく語ってくださいました。終了予定時刻を過ぎても全く終わる気配がないので(笑)、一度トイレ休憩を設けて再開。結局1時間近くも予定をオーバーして話してくれました。

参加者のみなさんも「この内容が1000円では安い!」「また聞きたい!」と非常に喜んで下さいました。余りにも反応が良かったので、また四元さんに話していただこうと考えています。

さて、その内容ですが、なにしろ2時間半くらいの講演でしたのでほんのサワリだけご紹介します。

話は大正時代の「子供之友」「コドモノクニ」といった絵雑誌から始まります(タイトルに「昭和・平成〜」とあるのに大正時代から始まるのはご愛敬(笑))。特に純粋に子どもを楽しませたいというテイストの「コドモノクニ」は、後の時代の絵本編集者にも影響を与えました。そして毎号テーマを決めて編集するという点で画期的だったのがフレーベル館の『キンダーブック』です。

戦争中は、絵本も戦争遂行に協力させられます。当たり前ですが、この時期の絵本には面白いものがないそうです。しかし国策への協力という大義名分があったため、むしろこの機会を捉えて多くの絵本が出版されたのだそうです。

戦争が終わって生活が落ちついた1950年代は、絵本の黄金時代です。1953年、岩波書店が「岩波子どもの本」というシリーズを刊行。判型を小さくして安くし、絵本が身近なものになりました。さらに3年後の1956年、福音館書店が「こどものとも」の刊行を開始。編集者たちも迷いながら、新しい時代の絵本をつくっていきました。

高度経済成長期の1960年代には、日常の中にファンタジーが自然と混じり合うテイストの本が急に増えます。例えば『だるまちゃんとてんぐちゃん』(かこさとし)などです。また車社会となり、『とらっくとらっくとらっく』『のろまなローラー』などリアルに描いた車を主役とした絵本が増えるのもこの頃です。さらに弱者に目を向けるような絵本も増えてきます。

ちなみにかこさとしは東大を出た技術者で、日本の科学絵本を引っ張った存在でもあるそうです。知らなかった!

海外のお話を積極的に紹介するようになったのもこの頃。『スーホの白い馬』は今でも広く親しまれています。

そして、こぐま社が斬新な編集方針を打ち出し、それがその後の大きな潮流になっていきます。それまでの絵本は、お話が中心でそれに絵を添えるという形で制作されていたのに対し、作家と画家がタッグを組み、あるいは絵と文を同じ作家が手がけるようにしたのです。これで”絵本作家”が生まれることになります。『ぐりとぐら』なんかもそうですね。

1970年代は、経済成長の弊害が出てきたり、精神的な豊かさや心の内面に注目されるようになってくる時期。絵本も『はじめてのおつかい』『おしいれのぼうけん』など子どもの不安な心を描いています。また作家性の強い絵本も登場。中でも『100万回生きたねこ』は、子どもに真正面から”死”を突きつけた、という名作中の名作。

経済的にはバブルで浮かれていた1980年代には、絵本にもそれまでにない新潮流が登場します。例えば文字のない絵だけの絵本とか、絵ではなく写真で構成された絵本(写真絵本)、さらに長新太に代表されるナンセンス絵本などが登場します。また『こんとあき』といった心の内面が丁寧に書かれる絵本も多いそうです。

そして、絵本でも太平洋戦争を振り返るようになります。その極北が『ひろしまのピカ』。目を覆いたくなるような惨状を絵本で表現し、バブルで浮かれた時代に鉄槌を下しました。さらに障害者からの告発も、その心情を率直に表現した絵本で行われます。『わたしいややねん』は傑作です。

1985年には福音館書店が「たくさんのふしぎ」を刊行開始。身近なものから世界を知れる、大人でも面白いシリーズです。第1号は『いっぽんの鉛筆のむこうに』。流通の仕組みや、世界と日本がどう繋がっているのかをいっぽんの鉛筆を通じて描いています。

1990年代、いよいよバブルが崩壊します。バブルと関係あるのかないのか、ストーリーを追うのではなく、子ども自身に考えさせるような本も登場。例えば五味太郎『質問絵本』は絵を見て子どもたちが楽しく遊べるような本で、今の子どもにも人気だそうです。しかし90年代の絵本には今に残っているようなものはあまりない、という四元さんの言葉が印象的でした。

2000年代には、絵本の世界に全く違うムーブメントが訪れます。それは「読み聞かせブーム」! それまでは親が子に読み聞かせるといったプライベートな営みであったのが、幼稚園や学童のような場所で一対多の読み聞かせが行われるようになるのがこの時期。てっきり昔からそういう読み聞かせがあったと思っていました。一対多の読み聞かせをスムーズに行うため、絵本の絵がわかりやすく大きなものとなり、色使いもヴィヴィッドになります。

2010年代は、絵本の世界も東日本大震災の影響を大きく受けます。震災を描いたものだけでなく、”日常”のかけがえのなさを描く絵本や、喪失感に寄り添うような絵本が明らかに増えるそうです。もちろん災害に関する本もたくさん。特に原発事故後も牛を飼い続けた『希望の牧場』はオススメだそうです。

そして2020年代、絵本はより多様性を描くようになっていきます。直接には障害者のことをテーマにしていないのに仄かにそれを感じさせる『さかなくん』、新しい家族の形を肯定的に表現した『ピアキのママ』、ネズミとハリネズミを登場させて異文化理解を促す『はじめてのともだち』といった新しいタイプの絵本が次々紹介されました。子どもの頭をかき混ぜるようなヨシタケシンスケ『りんごかもしれない』も今の時代ならではの表現。動画に慣れた子どもに合わせて”動画風”の画面構成をした絵本なんかも出ているそうです。

最後に、LGBTQの存在を描いた『すきって いわなきゃ だめ?』の読み聞かせが行われ、大盛況のうちに幕を閉じました。四元さんの溢れんばかりの熱意が伝わったと思います。ありがとうございました!

なお、次回の「そらまどアカデミア」は時期・内容ともに未定です。またご案内いたしますのでお楽しみに!

2022年8月12日金曜日

意地の草取りの甲斐あって(2022年新米販売中です)

おかげさまで稲刈りも終わり、お米の発送作業に入りました。

有り難いことに、例年通り多くの予約注文をいただいております。しかしご予約分はほぼ発送が終わりましたので、これから順次ご注文を受付いたします。

ぜひご注文をよろしくお願いいたします。

↓ご購入はこちらから
【南薩の田舎暮らし】
【2022年産】無農薬・無化学肥料のお米(5kg)

それにしても、今年は米作りに苦労した年でした。

というのは、水管理がなかなかうまくいかなかった。というより田んぼになかなか水が来なかったんです。もちろん、史上2番目に早い梅雨明けだったのが大きく影響しています。6月〜7月トータルで見るとそれなりの雨量があったのですが、梅雨前と梅雨の中心時期にあまり雨が降らなかったのが大きい。

田んぼに水がないとどうなるか。もちろん生育が悪くなりますが、それ以上に困るのが「草が生える」ことです。

このとおり。田んぼに水が全然入らない時期があったので、稲の間が草だらけになってしまいました。

私は無農薬で作っていますし、草取りの機械も持っていませんので、このようになると手で草取りする以外にありません。

※しかし実際は、田んぼの除草剤も、草取りの機械も、水が入っていないと使えません。なのでこうなるとどっちみち人力で取る以外ないんですけどね。

ところが! 田んぼの草取りも、実は水が入っていないと非常にやりづらい。田んぼの土は乾くと堅く締まるので草が取れないんですね。なので、意地になってホー(土を削る道具)で草取りしました(画像の右半分)。

こんなアホな作業をしているのは、このあたりでは私以外は見たことがありません。人件費と売上は見合っているのだろうか、というようなことを考えるとやる気がなくなるので、無心になって全部の草取りを終えました。これまでで、一番草取りが辛かった年かもしれないです。

なので、今年はかなりの不作だろうな……と覚悟していたのですが、意地の草取りの甲斐があったのか、思ったほどの不作ではなかったのでホッとしました。また、小米(規定の大きさに達しなかった米)もけっこう少なく、病害虫の被害もほとんどありませんでした。

「苦労したから美味しいはずです」みたいなことは、農業では正しくないことが多いですが(豊作の時は、たいがい、作るのも楽です)、今年は苦労の甲斐があったということにしておこうと思います。

うちのお米は量が限られているので、8月末〜9月半ばまでには売り切れます。お早めにご注文をお願いいたします。

↓ご購入はこちらから
【南薩の田舎暮らし】
【2022年産】無農薬・無化学肥料のお米(5kg)
5kg:2,800円、10kg:5,000円(税込み)



2022年8月5日金曜日

第3回そらまどアカデミア「絵本が映す世相と価値観—昭和・平成・令和をたどりながら—」

この大量の絵本の写真をご覧ください。これは私の本棚ではありません。もちろん図書館の写真でもありません。

この本棚の持ち主は、四元 誠さん。すごいコレクションですよね(もちろんこれが全体ではないです)。

このたび、この大量の絵本コレクションをお持ちの四元さんをお招きして、第3回そらまどアカデミアを開講することになりました。

題して「絵本が映す世相と価値観—昭和・平成・令和をたどりながら—」。

さて、四元さんの本業は、陶芸家です。

陶芸家といっても、普通の陶芸家ではありません。専門は土器や土偶の復元で、その「作品」は各地の博物館に納められているそうです。

そしてその活動の傍ら、放課後児童支援員の資格を取り、「まことせんせい」として放課後児童クラブで子どもたちのいろんな手助けをしています。特にものづくり系の活動支援が得意なのは仕事柄当然として、絵本の読み聞かせもすごいんです。

…といっても、当然、私は「まことせんせい」の読み聞かせを実際に聞いたことはありません。でも、Facebookでシェアされる読み聞かせのラインナップを見ただけで熱意がわかります。

第1に、新作絵本が多い。絵本の読み聞かせというと、反応が間違いない定番のものを選ぶのが多いのですが、新しい作品を果敢に取り上げています。簡単なように見えますが、これをするのが意外と難しいです。(もちろん、定番絵本にも素晴らしいものがたくさんありますので、定番絵本ばかりでも悪いことはないのです)

第2に、科学系・人文系(要するに勉強になる)絵本を結構入れています。日本語では、たいていの学術分野は絵本になっていますので(特に福音館書店の「たくさんのふしぎ」「かがくのとも」はこの分野で多大な貢献をしました)、大人でも絵本で勉強になることが多いです。科学に触れる入り口として絵本は大事です。

第3に、硬軟取り混ぜた、子どもを惹きつける組み合わせになっていることです。これは実際どのような順番でどう読んでいるのかとかはわからないですが、私が想像しているのは、「全員この話をしずかに聞きましょう」式ではなくて、一人ひとりの興味に合わせて「聞きたかったら聞いてね」みたいな読み聞かせをしているのではないかということです。だからいろんなレベルの絵本が登場して、結果的に多くの子どもが楽しめる時間になってるんじゃないかなーと思っています。

というわけで、四元さんには、本業の陶芸ではなくて(笑)、絵本について語ってもらいたいと常々思っていました。ひとかたならぬ思い入れがあることは間違いないからです。

今回、「そらまどアカデミア」では、絵本を通じてみる世相や価値観の変化についてお話いただけるということで、大量のコレクションをお持ちの四元さんらしいテーマの設定だと思いました。どんな話が聞けるのか、私も楽しみにしています。

なお、四元さんは本業の方ではこのたび個展も開くそうなので、ぜひ足を運んでみて下さい。

■四元 誠 展〜縄文の器〜
2022年8月10日(水)→23日(火)
 平日 13:00〜19:00
 土日祝日 11:00〜19:00
GALLERY-F(鹿児島市中央町23−21 アエールタワー2F)


***************

第3回 そらまどアカデミア

絵本が映す世相と価値観—昭和・平成・令和をたどりながら—

講 師:四元 誠

子ども向けの出版物である絵本には、世相や価値観に加え、社会における子どもの存在をどう捉えるのかといった、いわゆる「子ども観」が反映されます。今回は、昭和・平成・令和、それぞれの時代に出版された本を紹介しながら、その移り変わりをたどってみたいと思います。

日 時9月18日(日)14:00〜15:30(開場13:30)
    9月25日(日)14:30〜16:00(開場14:00)
場 所:books & cafe そらまど (駐車場あり)
料 金:1000円(ドリンクつき) ※中学生以下無料
定 員:15名
要申込申込フォームより、または店頭で直接お申し込みください。※中学生以下は無料ですが申込は必要です。
問合せこちらのフォームよりお願いします。

<講師紹介>
工房 琴鳴堂 代表。1973年生 鹿児島県霧島市在住。博物館の展示用造形物/ミュージアムグッズのデザイン/体験学習の企画と教材製作を中心に活動中。また長年に渡り児童施設での読み聞かせも行なっている。

【9月15日アップデート】9月18日に台風接近が予想されているため、日程を延期いたしました。

2022年8月2日火曜日

第2回そらまどアカデミア開催しました! 港町の石造物の世界に魅せられて

7月31日(日)、第2回そらまどアカデミア「川田達也の「いつもの」—古寺跡・お墓トーク—」開催しました。

「いつもの」というタイトルなので、川田さんとしてもお客さんは知っている人ばかりのつもりでいたみたいですが、結果的にはそうでもなかったです。イベントというのは開催してみないとわからないものですねー(もちろん常連さん的な人もいましたけどね)。

さて、川田さんはいつも古寺跡、つまりお墓や、石造物の話ばかりしているわけですが、今回は特に「港町の石造物の世界に魅せられて」というテーマで、薩摩半島の港町にあるいろんな石造物が紹介されました。スライドの枚数は約100枚です!

川田さんによると、港町の石造物は(1)石材の種類が豊富、(2)あふれる財力、(3)交易のあった港との共通のデザインがある、(4)子供のお墓が多い、といった特徴があるそうです。特にここでは(3)の共通デザインについて講演から少し紹介します。

例えば、南さつま市坊津町久志にある「安養院管轄墓地」には、山川の「正龍寺跡」と石材・デザインの点で共通する石塔があります。具体的には、山川石・大谷石といった黄色い高級石材を使い、墓塔の周りに「南無・阿弥・陀仏」と彫った墓塔があるんです。こういったものは、港町の間に交流があったという動かぬ証拠ですね。

他にも、南さつま市笠沙町小浦にある「常福寺跡」には、薩摩川内の久見崎にある「江音寺関連墓地」と共通する赤石の石造物群、白い石の無縫塔などがあり、明らかに二つの港が何らかの繋がりを有していたことがわかります。

実は、この「常福寺跡」は、私は川田さんと一緒に探索し、「屋号(を表す記号)つき墓塔」という他の地域にない独特の墓塔を発見していたのですが、これも他の地域に僅かですが見つかるという発表があり、私も衝撃を受けました。「他の地域にない」と安易に思ったらだめですね…。

その他、石造物にまつわるいろいろな話が川田さんからはポンポン出てきます。引き出しの多さが半端ないですねー。古寺跡に興味を持つ人は結構多いのですが、ほとんどは「武将の誰それが眠っている」とか、「これは○○の戦いの慰霊のために立てられた石塔」といった「歴史」との関連で墓地を見ているのに対し、川田さんは無名の人々の墓石にも同じくらい興味を持って見ているのがユニークな視点であり、強みだなと思いました。

会場のみなさんも、川田ワールドを十分に堪能されたと思います。予定では1時間半の予定でしたが、質疑応答も盛んに巻き起こり(!)、15分ほど超過しての終了となりました。

また、講演終了後もいくらかのお客さんは引き続き残って下さり、おかげで当方が用意していた「かぼちゃバスクチーズケーキ」も完売しました。ありがとうございました。

次回のそらまどアカデミアは9月を予定しています。お楽しみに!

2022年7月19日火曜日

7月29日(金)は「そらまど」を夜営業します(21時まで)

7月29日(金)、「そらまど」夜営業を行います!

「books & cafe そらまど」をオープンさせて約半年が過ぎました。「こんな田舎だしあんまり人は来ないだろう」と思っていましたが、意外と多くの方にお越しいただき、当初想定していたよりも賑わっています。

また、改修にあたってはクラウドファンディングで多くの方に支援していただきましたので、支援者のみなさまもご来店くださっています。

が!

「そらまど」は今のところ金・土曜しか営業していないので、例えば日曜だけが休みの方は、なかなか来られないんですよね……。客商売の方は、火曜とか木曜定休の方も多いですし、やっぱり週2日しか営業日がないと来づらい方は多いです。

実際、クラウドファンディングで支援していただき、返礼品としてドリンクチケットを差し上げている方にも、まだチケットを使う機会がないって方がけっこういらっしゃると思います。申し訳ありません。

というわけで、本当は営業日を増やすのがいいのですが、さすがにそれほどの来店数が見込めないことと、本業の農業に差し障りがあるので、とりあえず「夜営業」をしてみることにしました。

夜に開いてたら、仕事終わりに来ることもできますからね。 

今回は試験営業なので1日だけですが、もし需要がありそうなら、定期的にやっていくのもいいかなと思います(毎週というわけにはいきませんが…)。

7月29日(金)は「そらまど」夜営業。具体的には13時〜21時で営業します(ラストオーダーは閉店15分前まで)。

普段来られない方、ぜひご利用下さい。

【books & cafe そらまど 営業案内】

営業日:金・土(ただし第4土曜日は休み)
営業時間:13:00~18:00 ←通常。夜営業の際は〜21:00
駐車場:4台
場所:897-1201 南さつま市大浦町13647 → googleマップ
Instagram @books_soramado

2022年7月1日金曜日

7月6日(水)午後、南さつま市観光協会にて「日焼けかぼちゃの販売会」行います!

早くも梅雨明けしましたね。

九州南部の梅雨明けは、統計開始以来2番目に早いそうです。そして全国の多くの地方で、史上最も早い梅雨明けとなっています。早すぎです! 

心あるみなさんは、「こんなに早く梅雨明けすると、被害を受ける農家がいるんじゃないかなあ」なんて思っているんじゃないでしょうか。

ご名答! 実は、私も大被害を受けてしまいました…!

それは、かぼちゃの日焼けです。

「かぼちゃって日焼けするの…?」と思う人もいるでしょう。かぼちゃには全然日焼けしない強い品種もありますが、私が栽培している「加世田のかぼちゃ」となる品種は、表面がデリケートなタイプのかぼちゃなので、非常に日焼けに弱いのです。

もちろん栽培途中では、日焼けしないように工夫しています。私の場合は、幅広のガムテープみたいな被覆テープをかぼちゃに貼っています。ところが、出荷の際にはテープを貼ったままというわけにはいきませんので、収穫作業の際にこれを剥がします。

そして、テープを剥がした状態でしばらく置いておく時間があるのですが(切り口を完全に乾かすためと、作業の都合上)、その2〜3時間の間、かぼちゃは日光に無防備になります。

例年ならば、この時期はまだ梅雨の真っ最中ですので、曇天や薄曇りに収穫する時が多く、むしろ雨の方が心配(腐るので)。ところが今年は異常に早い梅雨明けのためカンカン照りの中での収穫となってしまい、「これは日焼けが出そうだぞ」と心配しておりました。

それなりに対策はしていたつもりですが、それ以上に日差しが強烈だったようです。

本日、農協の選果場より、出荷したかぼちゃが20ケースばかり返品されてきました。日焼けが原因です。これまで数ヶ月栽培してきたかぼちゃが、最後の3時間くらいでダメになってしまいました。迂闊でした。

ちなみに、日焼けするとどうなるかですが、基本的にはそこから腐っていきます。日焼けというよりヤケドだと思って下さい。もちろん商品価値はゼロです。返品されてもしょうがありません。

でも、中身はほとんど無事なのも事実。このまま20ケースも捨てるのはもったいない! 金額的にも大きな損失です。

というわけで、前置きが長かったですが、この日焼けかぼちゃを格安販売いたします! 

7月6日(水)14:00〜18:00、南さつま市観光協会にて。大きいサイズのかぼちゃの1/4カット100円、半カット200円など「加世田のかぼちゃ」を超お得にお買い求めできるチャンスです。ですが、もちろん日焼けのために傷んだものばかりですので、その点はご承知おき下さい。

多くのお客様に来て頂けますようお願いいたします(※売り切れ次第終了)。

日焼けかぼちゃの販売会
日時:2022年7月6日(水)14:00〜18:00(なくなり次第終了)
場所:南さつま市観光協会ロビー(加世田本町公園横)